「長い台詞をどうやって覚えているんですか?」とよく聞かれます。
 実は、台詞を覚えるのはどうにも苦手です。
 覚えるのに苦労しそうな長い台詞の芝居にはあまりたくさん出てはいないのですが、それでも時々ストレートプレイなどがあり、その時は、30~60分位喋り続ける長い台詞がけっこうあります。
 そんな時はどうやって覚えるのか? 覚え方はそれぞれ違いますが、僕は外で歩きながら覚えます。
 屋内で台詞を覚えるだけではなかなか覚えられません。
 僕の場合、台本は、からだ全部で読んでいます。
 歩きながら覚えると、台詞に隠された感情を想起できたり、相手を想像しながら体の動きを考えたりできます。
 歩くことで脳が、思考が活性化されていくのでしょう。
 さて、今でも世阿弥の著した『風姿花伝』を読んでみると、確かに自分の経験と一致している部分があるなと感じ、何度も読み返してしまいます。
 「風姿花伝」は後世のために書かれた秘伝の書。

 僕も、25年間活動していたデフパペットシアターひとみの代表退任を宣言した後、改めて『風姿花伝』を読んで感銘し、「代表を辞めても、芝居や人形芝居の魅力を伝えて残していきたい」という思いを強く感じました。
 能と演劇では次元が違うところもあり、似たところもありますが、人の心をどうつかむかという面で、演劇をやっている人間の考え方は基本的に一緒だと考えます。
 僕は稽古場に初めて上がるその前までに、散歩しながら何百回と台詞を繰り返し体の中に注ぎ、どのような表現であれば、演じる姿の魅力を伝えられるのか、一体何を磨けばいいのかを、考えておきます。
 台本を覚えることそのものを目的にするのではなく、台本を上手に使いこなすため、からだで身に付けることが大事だということが、経験から分かってきたからです。
 これは、世阿弥の考えに似ているのではないか、というか、僕が影響を受けたのでしょう。

 僕がようやくやってきたのは、世阿弥のいう「序破急」や「一調二機三声」と同じような事。
 「序破急」とは、どう演技するのか、どう展開するかという構成の考え方。
 「一調二機三声」は、声の出し方や間の取り方。
 耳の聞こえない僕は「声」の代わりに「間の表現」「美的な手」と置き換えています。
 間は、3秒か5秒か7秒か、それぞれ違います。
 また、幕開け10秒でお客さんの心をどのようにつかまえるのか。
 台詞や動作の表現、息の深さや強弱、間、すべてとても大事です。
 ちょっとした表現の違いでお客様の反応はすごく変わります。
「風姿花伝」をうまくこなせば、人を楽しませることを目的とすれば、長い台詞をしっかり飲み込み、体全体で、余裕で演じられるはずだと思っています。

2016年2月22日