僕は聞こえる人と同じように、耳で発音や音楽を正確に聞く事はできません。
でも、聞こえない人にも音楽はあると考えています。
それは、補聴器をすれば聞こえる音があるとか、残存聴力とか聾か難聴かとか、そういう話ではありません。
人はだれでも様々な形で音楽に触れている、ということです。
僕は、音楽というものを広義的にとらえているのです。
つまり、「音を感じている」ということです。
例えば、誰でも振動によって音を感じることはあるはずだと思っています。
耳から全く入らない人でも、体に伝わる音の振動でリズムを感じ取れます。これは音楽です。
また、僕は、手話ポエムをやります。
自分は、歌を聞こえる人のように歌えなくても、生演奏であれば音が僕の動きに合わせてくれますから、手でウタいます。
これも音楽です。
人によって、低音が好き、太鼓が好き、逆に苦手、高い音が心地よいなどいろんな人がいます。
これは、それぞれの音楽の好みと言っていいでしょう。
手話歌も、好きな人もいれば、聞こえる世界に合わせるような印象があり、嫌いな人もいます。
好き嫌いは人それぞれでいいと思います。
音楽、つまり、音を感じるこという意味では、聞こえる人と同じ感受性があると考えてよいと思います。
人間は音を聴くとき、耳だけでなく、音による振動が常に体に入り込んでいるのです。
それを音ととらえるかどうかは各人の感性にゆだねられるべきです。
だから、必ずしも、聾=聞こえない=音楽がない、というわけではないと思います。
「聾の演劇は音の無い世界の芸能である」と言われることもありますが、それは音楽を狭義的にとらえている故の言葉でしょう。
ですから、全体のある一側面をクローズアップしているのだと、僕はとらえています。
どんな聞こえない人にも無意識のうちに音は体に入り込んでいるわけですから。
このように考えた場合は、聾の演劇については、『聾の芸能の一つの無音劇』という言い方になると思います。
そして、無音劇やポエムをやっている人たちの表現を観た人が、音楽を感じたならば、そこにも音楽が存在するのではないかと考えます。
僕が演出する作品には、広義的にも狭義的にもよく音楽を取り入れています。
先ほど述べた考えをもとに、音楽家と一緒に手がけることをたくさんしています。
その際、「では、音楽家におまかせ」という仕事の仕方はしません。
音楽を広義的にとらえているとはいえ、現代音楽はかなり狭義的に作品作りをしていますから、残念ながら聾者にとって分かりやすい音楽とは言えないのも事実です。
そのため、聾者も含めたみんなが楽しめる音楽を選んでいくために何度も話し合いを重ねています。
稽古段階で、音楽プランや求める音楽はどんなものか、聾者の選ぶ音楽とは何だろうか、わいわいがやがやの激論、やっと「よしっ、それでいこう」と夜明けの珈琲で乾杯ということになったこともありました。
故館山英俊氏 ところで、音楽を追求しようとした一人の聾者の話を紹介します。
聾者だけで『鏡に映す花の男たち』作品作りをした時、音楽ももちろん聾者が担当しました。
担当してくれたのは、故・館山英俊です。
彼は全聾ですが、ドラムを好み、また、自分の車を売って200万円シンセサイザーを購入したほど、音楽好きでした。
様々な音階により響き方が違ったようです。
音楽のイメージが湧かないときは、沖縄の石垣島へ行き、ダイビングをしたそうです。
海中の生命体の動き方、海の色、射し込む光等見ることで音楽を感じ、作った時もよくあったそうです。
音楽大学に行ったわけではなく独学だったので、人の三倍も四倍も時間がかかり辛い思いをしたとも言っていました。
それから『Rasyomon~烏・風の迷路~』や『白痴の空歌』、『雨月』では、シンセサイザーなどで曲創りをしました。
役者の聞こえや体での感じ方に合わせて鍵盤を選び、役者一人一人の音を見つけました。
役者の動きと音楽を一体化させ、演技を深めるような役割も担いました。
故館山英俊氏 「僕の指の動きをきっかけにしないで、体で響きを感じて演じて」という舘山流儀のスタイルを創造した瞬間でした。
彼は、自分が作った「おと」は「音響」ではなく「響音(ひびきおと)」だと言っていました。
聾者である彼らしい言い方で、僕ら演者だけでなくその響きは、観客に伝わっていきました。
彼の中には音楽がしっかり根付いており、それが他の人にも確実に音楽として伝わっていたわけで、これはやはり音楽なのです。
ところで、音楽の起源はなんでしょうか。
あくまで一説ですが、アフリカや東南アジアなど、自然環境の中から生まれた音楽の最初は、人の心臓の鼓動のリズムだったと言われています。
心臓の「ドク、ドク、ドク」というリズムを基本に楽器を用意したり新たなリズムを作ったりしていったそうです。
人はだれでも体の中に心臓という音楽を持っているんですね。
2016年3月27日